万屋「和華蘭堂」

きまぐれに、というかその日の気分で毎日話題決めて徒然と書きます

「伝統」の話をしよう

こんばんは、万屋「和華蘭堂」だ。

今日は運動一色の一日で、朝から配達のバイトをこなし、電車でライデン市に向かいまた数時間よさ故意の練習に費やし、そうしたらアイス食べたい一心でそこからまた30分以上歩いてしまった。というわけで帰りの電車でもうとうとし、ブログどころではなかった。しかし、実は割りと話したい話題はあるのだから話しておこう。

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最近読んでいるのは坂口安吾の「堕落論」というものだが、このエッセイ集とも呼べる作品には坂口先生の様々な独創が秘められている。独創でなくとも、30年代に書かれたわりには日本の文化を現代的な観点から捉えた。彼は「文化は精神にあり、文化は産物ではなく担い手が受け継ぐもの」と、京都や奈良の寺より佐賀の山にあったみすぼらしい嵯峨劇場にしきりに足を運んでいた。その時代錯誤な感性は今読んでいても面白い。

確かに、日本には様々な文化財や遺産が残っており、それらは古代の日本人が培っていた文化の産物なのだろう。しかし忘れてはならない、人間はその余裕がなければ「芸術」なんてたいそうな言葉は生まなかったのだろう。坂口先生の言うとおり「まず生活ありき」と、私も思う。特に地方の方はぎりぎりの生活ラインで生きていられる人々もいたのだろう。そこに例えば優れた作りの地蔵などがあったとしても、それは美術としてではなく、それが生活の中で果たす役割の面を見ていくべきだと思うし、その方がよほど面白い。

また、日本の古代からも法隆寺斑鳩寺、教科書に残るような寺がいくらでもある。
しかし、それを芸術的な脈絡から見ていくのは違うように思う。ましてやそれを「日本のふるさと」などと持て囃し、崇拝するのは違うと思う。ふるさとと決めることで、それ以前にもそれ以降にも「正しい日本」は存在し得ないからである。

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過去のある一点を完璧とみなし、それ以前は何もなく、それ以降は衰退の一帯をたどるようなもののような考え方はしかし日本のみではない。こうして言葉にするとそれはまさにルーマニア碩学、ミルセア・エリアーデ(Mircea Eliade)の考えのように思える。氏は主に宗教学者で日本をも書いているが、この際大事なのは彼のギリシャ神話に対する見解。彼はギリシャ神話の中における生命あふれる「黄金時代」に注目し、それを現実にも見出そうとした節がある。宗教とは所詮黄金時代への復帰願望、というのはおそらく氏の考えを簡略化しすぎるものだけど、このように考える人は必ずこの世にいるだろう。それが危ういと思わざるを得ない。

しかしギリシャの話で言えばヨーロッパ人にとってまさに母たる国として長年思われてきた。民主主義、建築学などを生んだ大国、というのなら見栄えは良いだろうけど、ギリシャが栄えていたころのヨーロッパはというと寂寥たるものでそれこそ寒い気候で生活に窮した人が多かったはずだ。これはFrancopanのThe Silk Roadsを読んだ観想も含めるが、そんなギリシャの名誉や自分ら大陸を冠たる名前まで頂戴して、自分たちのそれまでの生活習慣はどうなったのだろう。消えたわけではないが、歴史が続くにつれ下火になったのは確かだ。それで「文化のふるさと」とみなすのはやはりどうかと思う。

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最後に一つ、ちらみした論文の話だが、ギリシャ叙事詩イリアス」、つまりトロイの落城の話における色の単語の翻訳についてだった。現在ではアキレウスヘクトールなどの英傑は白人男性で格好いいものと想像してしまうものだが、この叙事詩を聞いた古代ギリシャ人ははたしてどうだったろう。浅黒い感じだったかもしれないし、はたまた黒人もトロイに住んでいたかもしれない。古代資料の翻訳に当たって、「文化のふるさと」からくる先入観は邪魔になるのではないか、と思い当たるわけだ。

しかし、それはまた別のときの話。